救急車で病院へ運ばれるほどの重い症状
治療法のない不整脈の発作が消えた!
東京都豊島区 亀井剛さん 46歳(取材時)
■42歳の時に襲われた心臓の異変
スポーツが好きで、野球や卓球、マラソン大会にも出場するなど、健康と体力には自信があったという亀井さん。会社へもスポーツタイプの自転車で通勤していました。
最初の異変は、38歳の時。連鎖球菌というばい菌にノドをやられ、抗生物質を使って治療をしてもなかなか治りません。仕事中も身体がだるくてすぐ疲れるし、風邪を引くと症状がなかなか治らない。近所の医者で血液検査をしてみると「糖尿」と言われてしまいました。その後、食事に気をつける生活をするように。
次の異変に襲われたのは、42歳の時。夜、眠っていると誰かが胸をドンドンとノックするような感じで、あれっ!? と思っている間にそれが、速く、強くなっていきました。発作性上室性頻拍という不整脈の発作で、脈拍が160~180もあったのです。
■夜も仕事中も不整脈の発作が
「最初は夜だけだったのに、だんだんと発作の回数も増えて、昼も夜も毎日ほぼ一日中その症状に悩まされるようになったんです。心臓の鼓動で身体が揺れてるし、自転車で帰る途中で心拍が早くなり過ぎて脈がとれず、心臓が止まってしまったのか、と思うこともありました」
顔色は悪く、寝不足で目の下にクマを作りながらも、代わりの人がいないので休まず仕事をしていた亀井さん。つらい症状に追いつめられているのに治療法はなく、医者から処方される薬はデパスという精神安定薬だけ。ところが、この薬を飲むと、副作用で緑色の小さな虫がたくさん襲ってくる恐ろしい悪夢を必ず見てしまうのです。よけいに寝不足になってしまうので、医者に内緒で薬をやめてしまいました。
それから何カ月かすると、発作性上室性頻拍のかわりに期外収縮という不整脈の症状で発作が起きるようになってしまったのです。10回に1回は脈が飛び、自転車で坂道を走ると胸に違和感を感じるようになりました。
■悪化する一方の症状に恐怖の毎日
心臓の調子が悪くなってからは、仕事にも影響が出てしまいました。車で一日中外回りをしていることが多いのですが、不整脈の発作がひどくなる度に車を止めて休むように。危険だと感じたときは、「#7119」に電話をして救急車を呼んだ方がいいかどうか相談をしていました。そんなことが何十回もあって、実際に10回くらいは救急車に乗って病院に搬送されました。
予定通りに仕事ができず、仕事先でも話に身が入らなくなり、会社で怒られてばかりでストレスもたまる一方です。真冬の2月、帰宅途中で激しい不整脈の発作に襲われ立っていることもできず、冷たい路上で症状が治まるまで寝ていたことも何度かありました。
こんなにつらい思いをしているのに、処方されたのはやはり悪夢を見るデパスという薬だけ。他には大病院でカテーテル治療をするしか方法がないのですが、インターネットで調べてみると失敗することもあると書かれています。悪化する一方の不整脈の症状に、このままだと死んでしまう…と、悩んでばかりの毎日でした。
■ワラをもつかむ気持ちで始めてみると
ある時ふとインターネットで病名を検索してみたら、期外収縮のような不整脈には卵油が良いと書いてあるのを見つけ、売っているところを探しました。
「実は最初は『ガジュツ』を見つけて試してみたんですけど、ダメでした。その後に卵油を取り寄せたんです。コレステロールが溜まるんじゃないかと思ったんですが、説明書にその心配はないと書かれていて、ワラをもつかむ気持ちで飲み始めました」
いつも10分毎に自分で脈を測るクセがついていた亀井さん。飲み始めて一カ月くらいで、期外収縮の症状が減ってきたのがわかりました。何カ月かたつ頃には、脈が飛ぶのはだんだんと少なくなり、一日に一度か二度にまで減っていました。やがて発作は全く起きなくなり、今ではすっかり心臓の心配をしなくてもよくなったのです。
■卵油に出会えて今日も生きてる
「あの頃は死への恐怖ばかりで、夢も希望もありませんでした。夜中に不整脈の発作が起きると、一階にいる両親のところへ降りて行って起こしてしまったり、家族にもすごく迷惑をかけました。卵油に出会ってなかったら、今こうゆう取材の場はなかっただろうし、もうこの世にいなかったかもしれないですね。本当に感謝しています」
これからの夢は、今勉強をしている温熱療法士になること。頑張って困っている人を治療して助けることのできる仕事に就きたいと、笑顔で話ししてくださいました。
※お客様個人の感想であり、効果効能ではありません。